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仙台地方裁判所古川支部 昭和49年(ワ)39号 判決 1975年12月22日

原告

武藤まり子

被告

久米文次

ほか二名

主文

被告らは各自原告に対し、金一八九万五、六七八円及びこれに対する昭和四七年八月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「被告らは各自原告に対し、金五六七万七、八三五円及びこれに対する昭和四七年八月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行宣言。

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二原告の主張

(請求原因)

一  事故の発生

1 日時 昭和四七年八月一五日午後四時五〇分ころ

2 場所 前橋市小坂子町一七二一番地

3 加害車 普通乗用自動車(多摩五め八一八一番)以下本件自動車という。

4 右運転者 被告久米

5 被害者 本件自動車に同乗中の原告

6 事故の態様 被告久米が渋川市方面から大胡町方面に向け時速六〇キロメートルで進行中、脇見運転をしたため、本件自動車を進路右側道路外に逸走運転させた

7 受傷状況 原告は右事故により加療約一〇か月を要する左眼角膜切創並びに虹彩脱出、顔面挫傷及び外傷性歯牙破損等を受け、かつ視力障害、顔面瘢痕等の後遺症障害が生じた。

二  責任原因

1 被告久米の責任(民法七〇九条)

被告久米は、前記運転にあたり、前方左右を注視し、適正な進路を保持して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、左方の景色を脇見し、前方注視を欠いて適正な進路を保たずに進行した過失により前記事故をひき起こしたものであるから、民法七〇九条により右事故によつて原告の受けた損害を賠償する責任がある。

2 被告成田の責任(自賠法三条)

被告成田は本件自動車を所有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告の損害を賠償する責任がある。

3 被告会社の責任

被告会社は、前記事故発生当時、被告成田との間で、本件加害車につき保険金額を金一、〇〇〇万円とする自動車対人賠償責任保険(いわゆる任意保険)契約を締結し、前記のとおり事故が発生したので、被告会社は被告成田に対し、同被告が原告に対して負担することによつて受ける損害を填補する責任がある。そこで原告は、被告成田に対する前記損害賠償請求権に基づき、被告会社に対し、被告成田の被告会社に対する右保険金請求権を民法四二三条により代位行使する権限がある。

三  損害

(一) 積極損害

(1) 治療費関係 金四〇万四、〇六三円

原告は、本件事故による前記受傷の治療のため、前橋赤十字病院に一〇日間入院したのをはじめ、各種医療機関で種々の検査、治療を受けたが、その内訳は次のとおりである。

1 前橋赤十字病院、入院一〇日 金一二万三、二二三円

2 宮城第一総合病院、入院三六日 金一七万九、六四〇円

3 鈴木歯科医院、実通院日数一〇日 金二万二、六三〇円

4 古川市立病院、実通院日数一八日 金一万〇、一二〇円

5 東北労災病院、実通院日数六日 金二万二、九五〇円

6 天賞堂メガネ店、メガネ代 金一万六、七〇〇円

原告は、眼鏡不応と診断されているが、文字がちらついて見えるので反射止用として眼鏡を使用した。

7 付添看護料 金一万五、〇〇〇円

原告が前橋赤十字病院に入院日中の一〇日間、付添看護を依頼した謝礼。

8 入院諸雑費代 金一万三、八〇〇円

前記赤十字病院及び宮城第一総合病院に入院中要した諸雑費代一日三〇〇円の割合によるもの(公知の事実)。

(2) 交通費 金五万三、八六〇円

原告が前橋赤十字病院から宮城第一総合病院に転院する際、安静を必要としたのでタクシーを利用し、その代金三万円を要したほか、原告の父や付添看護人が古川市から前橋市までの往復に要した汽車賃、原告本人の通院交通費の合計である。

(3) 通信費 金五、三七一円

本件事故に関し、長距離電話を利用しなければならなかつたので、その代金。

(二) 逸失利益 金四九〇万四、五四一円

原告は、本件事故当時一六才の高校二年生であつたが、右事故による受傷後も次の後遺傷害が生じた。

1 事故前には両眼ともに一・五の視力を有していたが、裸眼の視力が左眼につき〇・一となり、矯正不能、眼球運動障害が生じた。

2 顔面の下眼瞼、前額部等に線状瘢痕を形成し、外ぼうに醜状があらわれた。

3 歯牙欠損で三歯以上に歯科補綴。

更に現在でも疲れやすく、時々後頭部に痛みがはしるなどの自覚症状が存する。

医師の診断結果によれば、1につき労災補償等級の第一〇級の一、2につき第一二級の一四、総合して第九級に該当すると認められる。

原告の就労可能年数は一八才から六三才までの四五年を下らない(就労可能年数につき政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準昭和四五年一〇月一日改訂の就労可能年数表参照)。そして右後遺障害によつて受ける原告の将来における労働能力の喪失率は三五パーセント(昭和三二年七月二日付基発五五一号労働省労働基準局長通達参照)であり、原告の将来の得べかりし年間収入額は六三万七、八〇〇円(42,900×12(月)+123,000=637,800円)となる。(昭和四六年賃金センサス第一巻第一表全産業全女子労働者企業規模計(旧中、新高卒以上)平均賃金「きまつて支給する現金給与額」の一二か月分に「年間賞与その他の特別給与額」を合算したものによる。)

したがつて、年毎複式ホフマン計算法により逸失利益の現価総額を求めると、逸失利益は四九〇万四、五四一円となる。

637,800円×0.35×(23.8322-1.8614)=4,904,541円

注 23.8322は16才~63才の47年のホフマン系数

1.8614は16才~18才の2年のホフマン系数

(三) 慰藉料 金一五〇万円

予備的に金三〇〇万円

本件事故の態様、傷害の部位、程度、入、通院による治療期間、後遺障害の程度、態様等を総合すると、本件事故によつて原告がこれまでに受け、かつ今後長い将来にわたつて受けるであろう精神的苦痛はきわめて大きく、その慰藉料としては、金一五〇万円をもつて相当する。

仮に、逸失利益の算定にあたり差額説に立ち、原告の労働能力喪失を単に事情として慰藉料算定上斟酌されるものであるという見解をとる場合には、慰藉料算定にあたり、原告の後遺症中、顔面の線状瘢痕と歯牙欠損の傷害を十分に考慮すべきである。けだし、原告は未だ未婚の若い女性であり、外ぼうの醜状には日夜心を痛めているのであつて、精神的苦痛が大きいからである。そこで予備的に慰藉料として金三〇〇万円を請求する。

(四) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、法的知識、技術にうとく、本件訴訟行為の一切を弁護士に委任したが、その弁護士費用のうち金五〇万円を本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

(五) 損益相殺分 △金一六九万円

原告は被告久米より見舞金として一八万円、自賠責保険から金一五一万円の支払を受けた。

四  よつて原告は被告ら各自に対し、前項(一)ないし(四)の合計金七三六万七、八三五円から(五)項の金一六九万円を控除した金五六七万七、八三五円とこれに対する本件不法行為の日である昭和四七年八月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張に対する答弁)

五 被告会社について

責任保険においては、賠償責任額の確定前に保険金の請求をすることは原則として許されないものと解されるが、本件のように被害者たる原告が責任関係における加害者に対する損害賠償請求の訴を、債権者代位権に基づく保険金請求の訴と併合して提起し、両請求が併合訴訟として審理判決される場合には、右保険金請求も例外的に許されるものと解すべきである。けだし、このような場合には、責任関係と保険関係とで別々に責任額の具体化が行われる場合に生じうる二重の手間によるむだと、判断が区々になることから生じる混乱の可能性のおそれがなく、保険金請求の前提要件としての賠償責任額の確定の原則に拘泥する必要が全くないからである。

六 原告の逸失利益について

原告が高校卒業後就職し、被告ら主張程度の収入を得ていたことは認める。しかし原告は、本件事故後も後頭部の痛み、視力障害等の身体の不調が続き、疲れやすく、退職し、その後ウエイトレスとして再就職したが長続きせず、転職している。原告は人に倍する努力と周囲の恩情的な取扱いによつて働いているもので、以後、常にこのような思情的な取扱いを受けるとは限らない。被告ら主張の差額説は不当であり、原告の労働能力喪失を認めるべきである。

七 好意同乗について

被告ら主張の目的で原告が同乗するに至つた経緯は認めるが、仮にこれを好意同乗とみるにしても、減額は慰藉料の数パーセントに止めるのが相当である。

第三被告らの主張

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一項中7は不知。その余は認める。

二  同二項1は不知又は否認。2は認める。3項中被告会社が被告成田との間で任意保険を締結していたことは認めるが、その余は否認する。

三  同三項(一)ないし(四)は不知。(五)は認める。

(被告らの主張)

一  被告会社に対する請求について

被告成田の被告会社に対する保険金請求権は、被害者である原告と、加害者である被告久米及び本件自動車の保有者である被告成田との間で賠償責任額が確定してはじめて発生、具体化するものであるところ、本件においては右責任額が未だ具体化、現実化していないから、原告は被告成田の被告会社に対する保険金請求権を代位行使することはできない。なお一般に、保険会社は免責事由などがない限り、損害額が確定すれば保険約款上の保険金を遅滞なく支払つているのが現状であるから、原告に本件代位権行使を認める必要性はないのである。

二  損害額について

(一) 原告の逸失利益について

原告は高校卒業後、ウエイトレス、会社事務員等として就職し、いずれも本給六万円以上、手取り五万五、〇〇〇円ないし六万二、〇〇〇円くらいの給料を得ており、他の高校卒業の女子と比較してもその収入が少ないということはない。このような場合においては、労働能力喪失説に立つて逸失利益を算定することは許されないものというべきである。なぜなら、損害賠償制度は被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものであるところ、被害者に後遺症による労働能力の低下があつたとしても、実際に減収が生じていない場合にまで損害賠償を認めることは制度の趣旨に反し、不合理だからである。

(二) 好意同乗について

事故当日、被告久米は、友人達と車三台で赤城山へドライブすることになり、被告久米運転の車に訴外伊藤が同乗したが、その際、伊藤方に遊びに来ていた同人の姪である原告も同乗することになつた。原告の同乗は無償であり、被告久米が原告に同乗を勧めたことはなく、原告からこれを断わつた事実もない。

被告久米は、原告が友人の姪であつたので好意で同乗させたものであつて、右好意同乗は、原告の本件事故に基づく損害の減額事由となる。

第四証拠〔略〕

理由

(〔証拠略〕)

一  請求原因一項中1ないし6は争いがなく、同7は〔証拠略〕により認める。

二  責任原因等について

(1)  被告久米について

被告久米が原告主張二項1の過失によつて本件事故をひきおこしたことは、〔証拠略〕により認められ、右事実によると、被告久米は本件事故につき民法七〇九条の損害賠償責任を負う。

(2)  被告成田について

被告成田が本件自動車を所有し、これを自己の運行の用に供していたことは争いがなく、そうすると、被告は自賠法三条により原告の損害を賠償する責任を負う。

(3)  被告会社について

被告会社が本件事故当時、被告成田との間で本件自動車につき自動車対人賠償責任保険契約を結んでいたことは争いがなく、弁論の全趣旨によると右契約は、被告成田が法律上の損害賠償責任を負担することによつて受ける損害を保険者である被告会社が契約の限度額内において填補することを目的とするものであることが認められる。

このような場合、原告が本件において、被告成田に対する損害賠償請求と被告会社に対する保険金請求権の代位行使による請求を併合して提訴し、かつ併合審理されている場合には、右代位行使による訴は許されるというべきであるという原告主張(第二の五)は正当である。したがつて、被告会社は、代位の目的となる損害賠償請求権の不確定を理由としては、請求を拒むことはできない。

三  原告の受けた損害の額

(一)  積極損害 小計四六万三、二九四円

(1)  治療費

〔証拠略〕により、請求原因三、(一)(1)のとおり四〇万四、〇六三円と認める。

(2)  交通費

〔証拠略〕により請求原因三、(一)(2)のとおり五万三、八六〇円と認める。

(3)  通信費

〔証拠略〕により請求原因三、(一)(3)のとおり五、三七一円と認める。

(二)  逸失利益 小計一六二万二、三八四円

1  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

原告は、事故当時一六才の高校生で両眼も一・二以上の視力を有する健康な女子であつたが、事故による受傷の結果、<1>左眼視力〇・一で矯正不能、眼球運動障害、<2>顔面の下眼瞼、前頭部等に比較的軽度の線状瘢痕による外ぼうの醜状、<3>歯牙欠損の後遺症障害が生じ、その後遺症障害等級として<1>につき一〇級の一、<3>につき一四級の二の認定を受けた。

原告は、昭和四九年三月古川市内の私立高校を卒業後、仙台市内の株式会社江陽会館に就職して一か月の手取額五万五、〇〇〇円程度の給与を受けていたが、同年七月二四日に退職し、同年九月一〇日ころから同年一一月一五日まで日本食堂品川営業所に勤務し、国鉄新幹線列車の食堂のウエイトレス、同年一二月末から昭和五〇年五月末まで栃木県足利市内の寺瀬繊商株式会社に勤めて事務、軽作業に従事し、この間六万二、〇〇〇円から五万五、〇〇〇円程度の手取り月額の給与を受けていた。以上の給与は、原告と同年代の高校女子卒業生の平均月収額とほぼかわらない。原告は就職しても疲れやすいなどの理由で勤めを変えてきたが、病弱の母のすすめで前記寺瀬繊商を退職し家事の手伝いをしていたが、同年八月一日から古川市内の川島生花店の店員となり、月額五万円程度の給与収入を得ている。

2  以上によると、原告まり子は、格別の技能や資格を有しない女子であつて、高校卒業後一時的に他の健康な女子高校卒業生と同程度の収入を得ていたものではあるけれども、一般的に矯正不能な視力低下や、ことに女子にとり顔面の外痕による醜状による稼働能力の低下はさけられないというべきであるばかりでなく、現に原告まり子の転移就職が右能力の低下に由来するものと認められる点がある。そこで、以上の事情や後遺症障害等級をあわせ、原告まり子について、二〇パーセントの労働能力の喪失率を認定するとともに、右後遺症の態様にかんがみ、原告の就労可能年令一八才から四〇才までの二二年間の喪失期間を認めるべきである。そして、原告の将来得べかりし年間収入額六三万七、八〇〇円(原告請求原因三、(二)の根拠による)は、本件における原告の平均収入基準値としては妥当なものと認められる。

したがつて、ホフマン式計算法により中間利息を控除した現価総額は一六二万二、三八四円となる。

(算式)

637,800×0.20×(14.5800…16~40才まで24年間のホフマン系数-1.8614…16~18才まで2年間のホフマン系数)=1,622,384円

(三)  慰藉料 小計一三〇万円

原告の受けた傷害の部位、程度、後遺症の内容や原告の年令等諸般の事情によれば、その慰藉料の額は、原告主張額を下らない。しかしながら、〔証拠略〕によると、原告は母の弟である伊藤忠吉に誘われ、伊藤の友人である被告久米、丸山らといつしよに赤城山にドライブに出かけたこと、往復とも被告久米が本件自動車を運転していたが、帰路、被告久米の過失による本件事故にあつたことが認められ、右の無償同乗は、その目的、態様にかんがみ、慰藉料を減額する事由となるというべく、慰藉料は一三〇万円を相当と認定する。

(四)  弁護士費用 小計二〇万円

原告が本件交通事故により弁護士に委任した費用中、認容額、事案の内容等を考慮し、二〇万円を損害額にくみ入れるべきである。

(五)  損益相殺 △一六九万円

請求原因三、(五)の事実は争いがない。

(六)  以上(一)ないし(四)項目の合計額より(五)の項目の額を差し引いた一八九万五、六七八円が原告の受けた損害額である。

四  原告の本訴請求は、被告らに対し各自一八九万五、六七八円及びこれに対する昭和四七年八月一五日から支払ずみまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める部分については理由があるからこれを認容するが、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小島建彦)

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